Beyond the U-Valley
チノ・モヤ × マヤ・ソブチュク トーク モデレーター:
ARTnews Japan編集長 名古 摩耶
「Almost Real」展のクロージングイベントとして、アーティストのチノ・モヤとAIリサーチャー/ライターのマヤ・ソブチュクが登壇し、アート、テクノロジー、そして変化し続ける現実のあり方について幅広い対話が行われました。モデレーターはARTnews Japan編集長の名古摩耶が務めました。
トークのタイトルは「Beyond the U-Valley」。これは「不気味の谷(uncanny valley)」への参照しており、現在オンライン上でのどこか不自然で魂のないAI生成イメージに抱く感情を指す言葉として広く使われています。本対話では、その"谷"の先に何があるのか、そして私たちはすでにそれをのり越えているのかが問いとして提示されました。
モヤは、自身の制作における大きな転換について語りました。アナログカメラや大規模な撮影チームによる制作から、AIを創造的なパートナーとして用い、より個人的かつ独立した制作へと移行しています。彼にとってAIは単なるツールではなく、共にイメージを生成する「共著者」であり、複雑で共感的な現実や、21世紀の新たな神話を生み出す存在となっています。
一方、ディスインフォメーション(偽情報)やセキュリティを専門とするソブチュクは、より政治的な視点から議論を展開しました。情報社会においては、イメージの客観的な真実性そのものよりも、それがどのように知覚されるかの方が重要になる場合があると指摘します。政治的アクターはAIを用いてナラティブを精緻化し、特定の心理プロファイルに向けて情報を最適化することで、大規模に行動を誘導しているのです。
しかし本トークは、単純な結論には収まりませんでした。両者はAIの民主化的な可能性にも言及し、たとえばウクライナがテクノロジーを活用して主権を主張し、その声を拡張している事例を挙げました。同時に、規制のないテクノロジーの力や、社会の分断をさらに深めるリスクについても懸念が示されました。
最後に議論は、創造的かつ社会的な緊張感を帯びた地点へと収束します。AIは人間の創造性を置き換えるものではなく、「何が本質的に"人間的"なのか」を問い直す契機であるという認識です。両者は、善悪の二項対立を超え、AIの解放的な可能性と危険性の双方に真剣に向き合う、より成熟した公共的議論の必要性を訴えました。
チノ・モヤ
マドリード出身、ロンドン在住のアーティスト、チノ・モヤは、崩壊するユートピア、孤独、テクノ・スピリチュアリティ、伝統的な男性性の衰退といったテーマを、ダークでシュールな笑いを交えながら、多岐にわたるメディアで探求している。2021年に発表した初の長編映画『アンダーゴッズ』は英国映画協会およびリドリー・スコットのブラック・ドッグ・フィルムズの支援のもと制作され、米英で劇場公開。『ガーディアン』紙の今週の映画に選ばれ、『ニューヨーク・タイムズ』やBBCでも取り上げられた。近年の展示には、ウィーンのベルヴェデーレ21ミュージアムでの『Indeterminate Apparatus』、ドイツのシュタット・ジンデルフィンゲン美術館での『Decoding the Black Box』、ロンドンのセブンティーン・ギャラリーでの個展『Meta-Mythical Optimisation』(2025年1月)などがある。2025年にはLACMAにも作品が展示された。
マヤ・ソプチュク
マヤ・ソプチュクは、東京大学先端科学技術研究センター(RCAST)プロジェクト研究員、およびブリュッセルのグローバル・ガバナンス・インスティテュート(GGI)の人工知能とグローバル・ガバナンス・プログラムの非常勤フェローを務める。ハイブリッド戦争におけるサイバー・情報領域、とりわけロシアの影響工作と情報操作を専門に研究している。現在の研究テーマには、世界規模における中露の偽情報連携や、日本に対する認識を標的とした情報操作が含まれる。2022年度ワトソン・フェローとして、10カ国で1年間にわたり影響工作の調査を行った。ウクライナのキーウおよびアメリカのロサンゼルス出身。英語、ウクライナ語、ロシア語に堪能。
名古摩耶
ライフスタイル誌『Esquire』日本版、『WIRED』日本版で編集者を務めながら、イギリスの調査会社STYLUSに在籍、日本企業のためのリサーチ及びアドバイザリーを担当した。その後、2018年に『VOGUE JAPAN』のエグゼクティブ・デジタル・エディターに就任(のちにフィーチャーズ&カルチャー統括)。2020年には環境問題やジェンダー差別などの社会課題を扱う「VOGUE CHANGE」プロジェクトを立ち上げた。2023年より現職。